大阪高等裁判所 昭和59年(ラ)281号 決定 1984年7月16日
抗告人
株式会社甲南商会
右代表者
伊藤強二
右代理人
持田穣
相手方
旭洋株式会社
右代表者
佐藤棟良
右代理人
宇津呂雄章
同
上田隆
同
森谷昌久
第三債務者
株式会社ダイエー
右代表者
中内功
主文
原決定(債権差押命令)を取り消す。
相手方の本件差押命令申立を却下する
手続費用は第一、二審とも相手方の負担とする。
理由
一抗告の趣旨と理由
抗告代理人は、主文と同旨の裁判を求めた。
その理由は、別紙記載のとおりである。
二当裁判所の判断
一件記録によると、相手方は印刷用紙類を販売する株式会社であり、抗告人は印刷業を業とする株式会社であるところ、相手方は昭和四七年頃から抗告人に対し、印刷用紙類を継続的に売り渡していたこと、相手方は昭和五九年三月一日から同年五月二八日までの間に、抗告人に対し、代金三二六万〇八一二円の印刷用紙類を売り掛けたが、抗告人はその支払いをしていないこと、抗告人は第三債務者の注文により、チラシの印刷をして第三債務者に対し印刷代金債権を有するところ、相手方は右印刷用紙販売代金債権にかかる民法三二二条の先取特権に基づき、抗告人が第三債務者に対し有する右印刷代金債権を、右販売にかかる印刷用紙類の転売による商品代金債権とし、民法三〇四条による物上代位として、これに対し、右先取特権に基づく担保権実行としての本件債権差押命令の申立をし、原審裁判所は昭和五九年六月一五日本件債権差押命令をなしたこと、以上の各事実を認めることができる。
しかしながら、仮に抗告人が相手方の販売した印刷用紙類を使用して右印刷をし、第三債務者に対し代金債権を取得したとしても、右債権は抗告人の印刷加工(請負)による代金債権であつて、印刷用紙類を単純にさらに第三者に転売した場合の代金債権ということはできず、民法三〇四条一項に規定する目的物(印刷用紙類)の代替物に該当しない。
そうすると、被差押債権が転売代金債権ではなく、請負代金債権であり(被差押債権の発生原因は双方同一といわざるをえないから、右請負代金債権が本件差押の対象になつているものと解すべきである)、右先取特権の効力の及ぶ物上代位の対象物と認められない以上、その差押をなした原決定(本件差押命令)は結局不当といわなければならない。
そうすると抗告人の本件抗告は右の点においてすでに理由があるから原決定(本件差押命令)を取り消し、相手方の本件差押命令申立を却下し、手続費用は第一、二審とも相手方に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(小林定人 坂上弘 小林茂雄)
抗告の理由
1 原審は、相手方旭洋株式会社の昭和五九年三月一日から同年五月二八日までのマルスミチュウシツシ等の紙の売却代金合計三、二六〇、八一二円の動産売買の先取特権の効力が、抗告人会社の第三債務者株式会社ダイエーに対する先取特権の効力が、抗告人会社の第三債務者株式会社ダイエーに対する同年三月一日から同年五月三一日までの売掛債権金五、七六〇、五一五円の内金三、二六〇、八一二円に特上代位するとして昭和五九年六月一五日本件差押命令を下した。
2 しかしながら、上記判断は、事実誤認に基づき、かつ民法三〇四条の解釈を誤つた違法な決定であり取り消されるべきである。
(一) すなわち、相手方会社は各種紙を販売する会社であり、抗告人は昭和四四年九月二九日設立され各種印刷業を営業目的とする株式会社で従業員約三〇名、年商四億円の中堅企業であつたが、本年五月二八日営業不振のため神戸地方裁判所に自己破産の申立をなしている(同庁昭和五九年(フ)第一〇六号破産事件)。
(二) 従つて、抗告人が印刷用紙を購入している先は相手方のみではなく(合)西村商店、昭和紙店、清水商店等数社に及び、相手方会社からの購入紙量は他店と比較して僅少なものにすぎず、又、相手方会社が主張しているような継続的売買契約など締結していない。
(三) 相手方会社が差押債権目録に掲げている第三債務者に対する債権は、当該紙の売買代金と誤認するごとき表現が使用されているが、実際は同社に対する抗告人の債権は、同スーパーが注文した広告チラシの印刷代金である。
本件差押命令の差押債権目録に掲げてある印刷物について、相手方主張の紙を使用したものではなく、従つて本件差押債権に物上代位するものでは全くない。
(四) ところで、本件差押債権目録記載の印刷代金は、請負契約に基づく報酬請求権(法律学全集契約法四四七頁)であり、仮に相手方主張の中質紙を材料としていたとしても、民法三〇四条に規定する物上代位の効力が及ばないことは言うまでもない。
このことは、大審大正二年七月五日民一判も類似ケースにつき判断しているところである(請負人に材料を供給した者は、その代金につき、材料の上に先取特権を持つとしても、請負人が注文者から受ける報酬請求権に対し、先取特権に基づく物上代位権をもつとはいえない)。
(五) そもそも民法三〇四条が規定する動産は先取特権は、その物の転売、あるいは滅失による代替物(損害保険等)に限るものであり、本件のごとき(広告チラシは、紙を使用していても、それとは全く印刷等の加工によりそれとは全く別の物になつている)にも物上代位を認めるならば、動産売買の先取特権は、一般債権者に多大な犠牲を強いることになり、同法の目的を逸脱していることは明白である。
3 原審は、民事執行法第一九三条一項、同一八一条一項に違反する法令違反がある。
(一) すなわち、同法によれば動産売買の先取特権について、その存在を証する文書が必要であり、特定動産を債権者が債務者に売渡したことを証する文書(例えば、債務者の押印のある売買契約書等)のみでなく、その動産を債務者が第三者に転売したことの証明(第三者の購入証明書等)が必要であることを規定している。
(二) ところが、本件差押命令申立書添付書類には相手方会社の作成した得意先元帳、請求書が存するのみであり、このことは、特定動産を売渡したことを証する文書が存しないばかりか、第三債務者に転売したことを証明する文書は、全く存在しない。その意味で本件決定は明らかに誤つている。
4 本件差押命令に関し、執行抗告が可能であることは、民事執行法第一九三条二項により当然である。
(尚、本件抗告の理由に実体上の理由も主張できることについては大阪高裁昭和五六年(ラ)第二二号である。)